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2010年10月31日

20世紀老年

20.jpg

父親も退院をしてから、
しばらく過ぎました。

退院の日なんか、
お昼にお見舞いに行ったら、
もう病室にいなくって、

看護婦さんに、
「今朝、退院されましたよ〜」
って、教えてもらったんだもん。

さんざん心配させたんだから、
息子にぐらい連絡いれなさいよ!

父の携帯に電話してみると、
「朝、急に言われたんだよ〜
神田に旨い鰻やがあるんだけど、
食べ行かないか」

だって。

そんな、こっちだっていろいろ予定あるんだから、
急に言われても、行かれませんよ!

ほんと、のんきなものですよ。

そして、その退院の日から、
数日もしないうちに
連絡が入って、

こんど新橋で音楽仲間の集まりの、
レコードコンサートがあって、
その会のレコードの解説者みたいのをすることになったから、
見に来ないかって誘われた。

病み上がりなのに、活動早やっ…

僕の父は、趣味の多いひとで、
特に、レコードのかなりマニアックな収集家でもあるのです。

そのなかでも、とりわけジャズとタンゴのマニアで、
若い頃には、その解説で、
ラジオにも出演したことがあったらしいのです。

その新橋での催しは、東京の
「神楽坂タンゴ倶楽部」とか、
「ノチョーロ・ソイ」と言う、
タンゴの好きな人たちの集まるサロンみたいなもんで、

毎月、定期的にやってるんだって。

ブログや、mixiの日記読んでくれてる方で、
タンゴを聴いてるひとは、
まず、ほとんどいないことでしょう……

実際、タンゴが世界中で流行したのを
リアルタイムで聴いていた年代となると、
大正生まれくらいの方々になります。

日本だと淡谷のり子さんとかが、
歌ってた頃、つまり黄金期は戦前です。

だから、僕の父親よりもずっと上の
モダン・ボーイ、モダン・ガールの世代の方の
古〜い音楽です。

けれども、ちっちゃなタンゴ・ブームみたいのは、
その後も幾度も繰り返されたので、

音楽に造詣のある方なら、
比較的新し目の演奏家で、
アストル・ピアソラとかの名前なら聞いたことがあるかも知れません。

更に、もうちょっと詳しい方なら、
フランシスコ・カナロ、
ファン・ダリエンソ、
カルロス・ガルデル
あたりまでなら、知っておられるかもしれませんね。

曲名で言うなら、
『エル・チョクロ』、『ラ・クンパルシータ』とかは、
知らなくても、きっと耳にしたことがあるはずです。

映画の『ラスト・タンゴ・イン・パリ』とか、
アル・パチーノが素敵な『セント・オブ・ウーマン』で、
タンゴのダンス・シーンを見たというひとも多いかもしれません。

けど、この映画の方は、タンゴの種類で言うと、
コンチネンタル・タンゴ、
つまり、ヨーロッパ流のタンゴになるので、

純粋なタンゴ・ファンの間では、
あれはタンゴとは見なされないみたいです。

更に、前述のよく知られているピアソラも、
あれは、現代音楽、前衛音楽の部類で、

タンゴ風のエッセンスはまぶされているけど、
あれは、違うという向きも、
マニアックなタンゴ・ファンの間では多いらしいです。

タンゴ・マニアにとって、
タンゴと目されるのは、
本場のアルゼンチン・タンゴのことです。

ここまで書いて、
なんのことやらチンプンカンプンという方も、
きっと多いことでしょね……

それほど、タンゴは今や、
普通は、あんまりなじみのない音楽に、
なっています。

それも、そのはず、
学校でも音楽の授業で、

世界の音楽、
例えば、アメリカのジャズや、
フランスのシャンソンや、
イタリアのカンツォーネ等々は、
少しは習うけど、

タンゴは、まったく教えられません。

つまり、非常に、
「教育的でない」音楽だからです。

そもそも、発祥が、
場末の酒場的な音楽で、

歌詞の世界も、

ケンカで殺しあっただの、
誰それが刑務所にぶち込まれただの、
ウチの女房が浮気したから殺し(やっ)ただの、
そんな感じのばっかりです。

とても、暗ーい、そして、ヒステリック。

けど、だからこその魅力があります。

綺麗ごとじゃない、媚を売ってない、
大人の魅力、魔性の魅力みたいなものです。

これは、時代が世界戦争へと突入していく、
当時の暗雲立ち込めた世相を反映しているとも言えますが、

タンゴを産んだアルゼンチンが移民の国だから、
というのも大きく関係しています。

開墾のために移り住んできた労働者が多かったので、
つまり、男女比でいうと、
圧倒的に男の数が偏って多い状態でした。

だから、当然、女の奪い合いになる。

タンゴのダンスのなかで、
女性が男を踏んずけるようなポーズがあるなど、
女性優位なのは、
こうした背景があります。

それに、酒場で労働者の男を「慰める」音楽だった、
という側面もあります。

だから、とってもセクシーなものになっていきました。

鬱な気持ちを励ますのではなく、
同調してる音楽とも言えるかもしれません。

ま、つまり、タンゴとは、そういう音楽です。

僕も詳しいわけではないので、
誤った説明もあるかもしれませんが、

まったくご存知でない方も多いと思ったので、
一応、こんなものですというのを書いてみました。

で、横道にそれましたが、

父親がコメンテーターを演ったその会に、
誘われるまま、顔を出してみました。

案の定、僕のような弱輩者は辺りに見当たらず、
相当、場違いな感じでした……

けど、皆さんの前で
マイク片手に解説する父親の姿は生き生きしてた。

好きで好きでしょうがない音楽のことを話すのが、
ほんとうに楽しそうでした。

僕の父は終戦の年、昭和20年に、
神戸の台湾華僑の家で生まれました。

高校の頃に下宿した神戸のタンゴ喫茶で、
衝撃的なタンゴの洗礼を受け、
以後、その世界に没入していったらしいです。

このレコードコンサートの新橋の会場が、
終戦直後に台湾華僑たちが
いわゆる「闇市」を開いていた場所らしく、

進駐軍が行き交う当時の様子なども、
話していました。

そして、解説者が選曲し持参したレコードをかけるのですが、
これが、もう、まったくチンプンカンプン……

ボコボコとノイズの入った、
いにしえの音楽ばかりです。

僕は、これまでずっと、
父親と対立しながらも、

父のこの感性、マニアックな性質には、
ある種の尊敬の念を感じてきたことも否めません。

父は、僕にこういう音楽的な素養をつけようと、
幼いころから、いろんなコンサートに連れて行ってくれましたし、

自身のレコードのコレクションから選曲し、
カセットテープに編集したものを、
度々、僕にくれたりしていました。

そのカセットテープには、1本1本に、
父親が書いた長い長い解説も添えられていました。

その解説が、息子の僕がみても、
ちょっと尋常でない。

今更ながら、
この情熱の込められた解説を、
僕だけが読むのでは、もったいないような気がして、

もっと大切にしたいと思って、

そこで、ブログを作って公開しようと思い立ちました。

父親自筆の文章を、
少しずつ、転記してアップしていこうと思います。

随所に偏った見方も見受けられますが、

どうか、そこら辺は、
最初から不特定多数の読者の方を
想定してなかったものとして、
ご了承願います。

現代の音楽の歴史などに
ご興味をお持ちの方がいらっしゃれば、
のぞいてみてくださいね。


『20世紀の大衆音楽』 
 陳 昌敬 著

1. アメリカの世紀 -イントロダクション
http://popular-music.sblo.jp/article/41490220.html

2.スタンダード・ナンバー「1001」 (1) -大人の時代から、子どもの時代へ
http://popular-music.sblo.jp/article/41497077.html

3.スタンダード・ナンバー「1001」 (2) -レコードと電蓄
http://popular-music.sblo.jp/article/41525567.html

4.スタンダード・ナンバー「1001」 (3) -ローリング・トゥエンティー
http://popular-music.sblo.jp/article/41525808.html

以降、続く…



posted by チェン・スウリー at 00:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記とか
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