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2011年07月26日

ポヱマあるいはポヱジー(桑原滝弥、前野健太)

   
桑原滝弥.JPG
桑原滝弥さん


ご存知でいてくださる方もおられるかも知れませんが、
僕はもともと詩を書いてた人間なんです。

自戒の念を込めて、「書いていた」と
過去形で言わせていただいた。

とても、今の状況は、詩に情熱を持って取り組んでいると
胸を張って言えるようなものではないからです。


詩というのは、とってもマイノリティーの表現です。

僕は、かつて、このマイノリティー性と格闘していた時期がありました。

しかし、いま、その発信を放棄してしまっている僕は、
この格闘に敗れてしまっていたんだと言わざるを得ないでしょう・・・


人生ってのは、不思議なもんで、
はからずも、

そんな自問自答を突きつけられる人々に、
このところ立て続けに会う機会を得ましたよ。

詩人の桑原 滝弥さん、
筑紫哲也氏の元秘書 白石 順子さん、
ミュージシャンの前野 健太君

の3人です。

皆、僕が詩をやってなければ出会えなかった人たちでした。



7月14日

桑原滝弥 生誕40周年記念LIVE
「普通の詩」

ライブレポートはこちらから、


桑原さんとは、「詩のボクシング」以来の盟友で、
当時、名古屋を拠点に活動を展開されていた桑原さんが、

名古屋のクラブで開く詩のイベントに僕をゲストで招いてくださったり、
桑原さんが東京に拠点を移されてからは、
「ジャンク派詩人会」にも積極的に関わってくださったりと、
たいへんお世話になってきている。

桑原さんの凄いところは、
あの当時から今日に至るまで、変わらぬスタンスで、
「詩のライブ」をずーっと続けておられるところ。

谷川俊太郎さんとの競演イベント 俊読〜shundoku〜
なども企画し、

新たな詩の表現に果敢に挑み続けている。


僕は、「詩のボクシング」以降、
高円寺や、渋谷のライブハウスなどで定期公演をしていた時期もあったけど、
いつしか、その活動もぷっつりと途絶えてしまっていた。

(ちょうどその頃に、僕は任侠道の大物たちに触れ、その世界に傾倒していき、
 壮絶な体験に巻き込まれていったからっていうのが直接の理由ではあるけど…)


桑原さんから放たれる言葉ひとつひとつが持つパワー、
それは、自身が腹をくくっているからこその力だと思う。

また、桑原さんは、気配りの人でもある。
観客に対し、スタッフに対し、いつも細かく配慮されている。

公演前の打ち合わせの慌しい時にも、
事前に会場入りしていた僕らに対して、
すごく気を使っていたので、

「ライブ前なんだから、僕らのことは気遣わずに、
 そんなにテンション上げっぱなしだと、疲れちゃうでしょ…」

ってこちらが心配になって声をかけたくらいだった。

人に対しても、自分の表現に対しても、
「裏切らない」桑原さんの姿勢。

男気とも言えるかも知れないそんなものが、僕は好きだ。


そっちに行けば甘い汁が吸えそうだと思えば、そっちになびくような、
そんな安易さと軽薄さが横行するこのご時世で、

彼のスタイルと、人との付き合い方には、
感動すら覚える。

そして、自らを省みて、
一抹のやり切れなさみたいな気持ちにも苛まれた。



7月19日

渋谷の喫茶店にて、
故 筑紫哲也氏の敏腕秘書としてご活躍されていた
白石 順子さんとお話しさせていただいた。

前回の日記でも少し触れたけど、
http://junk-ha.sblo.jp/article/46678000.html
僕は、この日本の局面とも言える時期に、
筑紫哲也さんのことを語る場をつくることは、
たいへん意義深いと考えていて、

白石氏に、講演会の打診をしていたのだけど、
その具体的な企画のお話しをさせていただくために、
お会いしたのだった。

白石さんとお話しするのは、10数年ぶりのことだった。

筑紫さんの腹心の友として、30年間にもわたって、
ずっと一番身近で共にお仕事をされてきた白石さんからお聞きする
そのお人柄には、引き付けられる。

何より、白石さんご自身が、筑紫さんの人徳の薫陶を受けておられ、
その実践者になっておられることがよくわかった。

裏方を大事にされていた筑紫さんのこと。
365日 朝から晩まで休みないその猛烈なお仕事振り。
義を大切にされるお人柄。
若者の支援にたいへんご関心がおありだったこと。
ジャーナリストでありながら文化にも造詣が深く勉強熱心でいらしたこと。
その幅広い交友関係。

等など、

たいへん興味深いお話しばかりで、
こんな貴重なお話しを僕だけが聞かせていただくのではもったいなさすぎる!

筑紫さんを敬愛する多くの人々に、
ぜひ、聞いていただきたいという思いを新たにした。

日本を代表する真のジャーナリスト筑紫哲也氏の素顔に触れられる
大メディアでは決して行えないジャンク派ならではの貴重な講演になると思う。

講演会の日取りは、10月半ばくらいにすることも決定した。

(場所は、ピカリ・アートテラスの会場の四谷ひろば、
 あるいは、池袋の自由学園明日館等の候補地から、現在調整中です。)


かつての筑紫さんの言論や活動に感銘を受けた人々にとどまらず、

ジャーナリストや放送人、執筆者志望の若者、

ひいては、現代という時代と向き合うことと避けれない全ての表現者にとって、


非常に有意義なお話しが聞ける場を設けることができそうだ。

また、折に触れ、ジャンク派のなかでも告知していきたいと思う。


JUNK.jpg
   
東京ポヱジー.jpg

写真は、筑紫さんが寄稿してくださった
ジャンク派詩人会の同人誌「JUNK」(上)

当時、発行していたフリーペーパーの「東京ポヱジー」(下)



7月20日

高円寺の古本酒場 コクテイル書房にて、
ミュージシャンの前野健太君と会う。

コクテイル書房は、「ジャンク派詩人会」の産みの親ともいえる場所で、

今では、高円寺や中央線カルチャーの文化発信拠点として、
雑誌や書籍などで中央線特集を組まれる時には、
欠かせないような存在感あるお店になっている。

前野健太.JPG 

写真は、今年2月末に撮影のもの

前野君は、自身の言葉を借りて言えば、
「音楽一本で食っていけるようになった」

いわゆるミュージシャンとしても一目置かれる売れっ子になったが、
今でもその原点は、「ジャンク派詩の学校」だったと言ってくれている。

当時、青学の学生だった前野君は、ジャンク派の
ワークショップや朗読会にしばしば足を運んでくれていた。

その日は、だいぶ酔っていたからだろうけど、
「オレの青春は、コクテイル書房と陳さんだぜー!
 オレの青春は、オレの青春は…」
と、嬉しい叫びを連呼してくれていた。

(周りのお客様、ご迷惑をおかけしてすみません…)

前野君は、昔の僕の詩のことを(細部の誤りはあるにせよ…)
よく覚えてくれている。

その詩に感銘を受けたんだということや、
音楽はとっても広がりのある表現でいろんな人が受け止めやすいものだけど、
詩は、例えとても素晴らしいものを書いたとしても、
そのマイナー性ゆえ、突破するのが難しいってことも指摘してくれた。

そして、全ての表現について、
「その表現者がホンモノかどうかは、その人物にポエジーがあるかどうかで、
 僕は判断しますよ。どうです? 僕は、詩の学校の1番いい生徒でしょっ?」
と言って、

がはははっ…と笑いながら、
僕の肩に抱きついたり、何度も平手でたたいてきたりした。

「痛いんだよ…!」
ってそれを振り払いながらも、
僕は、前野君の話しに聞き入りいろいろ考えさせられていた。

それから、カウンターにあった写真家の星野道夫の本について、
僕らは話しをしていたのだけれど、

前野君が、意味深な話しを聞かせてくれた。

星野道夫氏はアラスカの大自然やそこに暮らす白熊などの生き物を愛して
写真に収めてきたのだけど、

白熊に襲われる事故に合いお亡くなりになっている。

しかし、後々になってわかったことなのだけれども、
その白熊は自然に生息しているものではなく、
ロシアの部隊によって餌付けされていた熊だったらしい。

星野さんを襲ったのは、ご自身が愛したアラスカの大自然の熊ではなく、
人間が餌を与えていた熊だった……

自然の熊は、自分の方から人を襲うことはないらしい。

これは、ほんとうに皮肉な話しだと思う。

なんで前野君がこんな話しをしてくれたかというと、

それは、前プロジェクトで僕に関わってきた人の一部から、
不義理とも思える悲しくなることをされ、

僕はもちろんジャンク派だけが正しいなんてこれっぽちも思わないし、
いろいろな考えや立場があって当然だと思うけど、

それにしても、なんでひとこともないのかなという、
とっても残念な思いをさせられることがあって、

前野君は、友人として、そういう輩のことを許せないという気持ちで、
言ってくれてたのだと思う。

「詩を書いてる陳さんの周りに集まってきた人には、
 そんなことする連中はいなかったはず、

 仕事や金のことを思って陳さんに関わってきた人だから、
 そんなことを平気でするんだ。
 やつらバカにしすぎだよ!

 陳さんはもう人を集めずに、また詩を書くべきではないか。」

それが前野君や、コクテイルの店主の狩野さんのメッセージだった。

もともと、前野君とも、コクテイル書房とも、
詩をきっかけにしたつながりだっただけに、ふたりは、僕の本質的なものは、
詩にあるんだという観方をしている。

そして、僕を取り囲む人のことについての心配をしてくれているのだった。

前野君はまた、ジャンク派は、陳さんそのものでしょ?
みんなのものって思いより、陳さんがもっと前面に出て行くべきでないか。

との指摘もしてくれた。


確かに、前プロジェクトの一件で、
僕はある種のトラウマにとりつかれているのかも知れない。

自分が何も発信するものを持ってない何もないディレクターのもとで
つくりだされるようなダサいメディアになんか、

僕なら、小銭をつかまされたって関わりたいとは思わない。

だったら、僕も計算やバランスを考えず、
もっと思い切ってカラーを出していくべきではないか。

それがジャンク派の一番の強みであるはずだと、
前野君や狩野さんは気づかせてくれた。


一方で、僕は、根本の部分では、人を信じたいという気持ちがある。

僕は、ジャンク派を立ち上げていくための参考図書として、
糸井重里さんの『ほぼ日刊イトイ新聞の本』を、

もう何度もなんども繰り返し読んでるのだけど、

そのなかで、糸井さんは、社会学者の山岸俊男さんの実験を紹介し、
こういうふうに語っておられる。

「まずはじめには、相手のことを信頼する。
 そのとき協力してくれた相手には次回も信頼して協力関係を持続し、
 協力してくれなかった相手には、こちらも次回は協力しない」

極めてシンプルな考え方、姿勢だと思う。

そこには、もう構ってなんかいられないよ。
こっちは、どんどんどんどん前に進んで行くんだからねっていう、
糸井さんの潔さとクリエイターとしてのバイタリティーを感じる。


結局、この日、前野君は酔いつぶれてしまい、
僕は一晩中、彼を介抱するはめになってしまった。

店主の狩野さんのご厚意で、お店の2階に泊めさせてもらった。

「普段は、こんなことないのに、陳さんと飲むと、
 甘えちゃって、昔からこんなんばっかしで、すみません…」

と、翌日、電話で詫びを入れる前野君には、
成功者に大切なかわいらしさがあるなと感じた。
(それは、本人もよく自覚してるみたいだね。)



桑原滝弥さん、筑紫事務所の白石さん、前野健太君、

三人三様ではあるけど、それぞれが、
僕の詩を通してのご縁だっただけに、

僕もトランクにつめてあったかつての膨大な量の原稿を、
しばらくぶりに開いてみたような先週までの出来事でした。


あと、びっくりな告白があるのですが、
それはまた次回…。
   

    
   
   
posted by チェン・スウリー at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記とか
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